「不断の努力」という言葉に思うこと
数学を専門とする私にとって、社会科の学習は、どちらかといえば苦手で、あまり興味を持てない分野でした。
それでも、中学校の公民の授業で出会った「不断の努力」という言葉は、今でも私の心に深く残っています。
この言葉は、「日常的にたゆまず努力を続けること」を意味し、日本国憲法の中では「自らの権利を守るために、不断の努力をしなければならない」という文脈で使われています。
最近、選挙が終わり、「どの政党が何議席を獲得したか」「どの政策が進められるのか」といった話題が取り上げられています。
けれども、本当に大切なのは、そうした結果だけではないように思うのです。
社会は、誰かが作るものではなく、私たち一人ひとりが日々の暮らしの中で、どう関わり、どう行動するかによって形づくられていくものです。
「選挙だから少し勉強して、誰に投票しようか考える」——それだけで終わってしまっては、どこか他人事のように感じられてしまいます。
今の社会をどうしていきたいのか。そのために私たちは何をすべきなのか。
そうした問いを、日々の暮らしの中で考え続けることこそが、「不断の努力」なのではないでしょうか。
そう考えると、子どもたちにも「与えられた学び」だけでなく、「自ら考える学び」が必要だと感じます。
政治は大人になってから関わるものではなく、人は生まれた瞬間から社会の一員です。
だからこそ、子どもの頃から社会に目を向け、自分の頭で考える力を育てていくことが大切だと思うのです。